2011年4月9日土曜日

「原発」を考える—「少女の声」と「Odetta sings "Glory Halleluja"」




先日アップした「福島からの声」についてコメントくれたyukiさん。
その中で紹介してくれたOdettaの唄。

昔、原発に関するある講演会で、泣きながら大人に訴えた中学生の女の子の言葉を、この唄を聞きながら読み返しました。


話が一通り終わったので、私が質問はありませんかというと、中学二年の女の子が泣きながら手を挙げて、こういうことを言いました。 

 「今夜この会場に集まっている大人たちは、大ウソつきのええかっこしばっかりだ。私はその顔を見に来たんだ。どんな顔をして来てい るのかと。今の大人たち、特にここにいる大人たちは農薬問題、ゴルフ場問題、原発問題、何かと言えば子どもたちのためにと言って、運動するふりばかりして いる。私は泊原発のすぐ近くの共和町に住んで、二四時間被曝している。原子力発電所の周辺、イギリスのセラフィールドで白血病の子どもが生まれる確率が高 いというのは、本を読んで知っている。私も女の子です。年頃になったら結婚もするでしょう。私、子ども生んでも大丈夫なんですか?」と、泣きながら三百人の大人たちに聞いているのです。でも、誰も答えてあげられない。

 「原発がそんなに大変なものなら、今頃でなくて、なぜ最初に造るときに一生懸命反対してくれなかったのか。まして、ここに来ている大人たちは、二号機も造らせたじゃないのか。たとえ電気がなくなってもいいから、私は原発はいやだ」と。ちょうど、泊原発の二号機が試運転に入った時だったんです。

 「何で、今になってこういう集会しているのか分からない。私が大人で子どもがいたら、命懸けで体を張ってでも原発を止めている」と言う。

 「二基目が出来て、今までの倍私は放射能を浴びている。でも私は北海道から逃げない」って、泣きながら訴えました。

 私が「そういう悩みをお母さんや先生に話したことがあるの」と聞きましたら、「この会場には先生やお母さんも来ている、でも、話したことはない」と言います。「女の子同志ではいつもその話をしている。結婚もできない、子どもも産めない」って。

(「原発がどんなものか知ってほしい著:平井憲夫からの抜粋)


この文章は1996年に書かれていて、この講演会はもっと前にあったと思うので、この泣きじゃくりながら訴えた女の子も30歳を超えていると思います。

どうか、恋をして、結婚して、元気な赤ちゃんを生んでてほしい…。
そして、どうか、変わらずに声をあげててほしい。

私が大人で子どもがいたら、命懸けで体を張ってでも原発を止めている

そういえば。

2008年??の夏に行ったUAのライブでも、同じことを叫んでた。
歌いながら、同じことをUAは、叫んでいた。

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